27歳では死ねなかった

『27歳では死ねなかった』という物語を投稿します。

131円のコンタクト液と赤ラークとサッポロ黒ラベル


通っていた中学校の同学年で、定期的に同窓会が行われている。頻度は半年に1回。同学年の総数は200人を少し超える程度だったと思うが、集まるのは基本的には50人程らしい。

中学生時代に嫌な思い出はないが、取り立てて懐かしむような思い出もない。友達はいたが、卒業してからは1人を除いて連絡もとっていない。多分、フェイスブックでも始めれば簡単にまた繋がることは出来るのだろう。
唯一まだ連絡を取っている1人は「私は格好良い女になるのが目標だから」と言って中央大学の法学部に進み、誰よりも勉強をして、弁護士になった。友達も多くて、先輩に可愛がられ、後輩に慕われ、海外へホームステイもして、言葉だけの人と私は違う、と言わんばかりに次々と掲げた目標をクリアしていく彼女は、はたから見ていて爽快だった。

彼女から着信があったのは2017年の8月の終わり。夏にしては涼しくて、雨の予感がする夜だった。最寄駅の喫煙所でいじっていたスマートフォンの画面に、増田夏美という名前が表示される。冬生まれなのに夏美という名前なのはおかしい、と彼女がしばしばこぼしていた事を、その名前がスマートフォンに表示される度に思い出す。
「同窓会あるんだけど、どうせ来ないでしょ?」
電話に出ると、挨拶も無しにそんなセリフが飛び込んでくる。夏美と話すのは半年ぶりだったが、続きのように会話ができる事が嬉しかった。
「行かない」
半年に一度、同窓会がある度に行ういつものやりとり。
「でも今回、先生くるよ。山田先生。覚えてる?」
「ああ、じゃあ行こうかな」
「え、来んの?マジかウケる。明日だけど、同窓会」
「前日に誘う奴がいるかよ」
「ここにいたんだよね」
電話越しに夏美がケラケラと笑っているのがわかる。
「誘っても来た試しが無いから、今回も来ないと思って前日まで連絡すんの忘れてたんだよね。ごめんごめん」
夏美が少しも申し訳なく思っていなさそうなトーンで続ける。
「で、明日来れんの?」
「行ける」
「予定の無い、可哀想な人だね」
「予定は今出来ただろ」
はいはい、と夏美が流す。きっと電話の向こうではいつものように手をヒラヒラとやっているのだろう。僕らが出会った中学二年生の春から変わらない夏美の癖。そうか、そういえばあれからもう10年も経ったんだっけ。
時間の流れの早さは証明写真と同じくらいに残酷で、圧倒的に現実だった。あの頃の僕らは、まさか自分が24歳になるなんて思っていなかったはずだ。定期テストや部活の大会に追われながらも、モンスターハンターをやったり、深夜のドンキホーテで警察に見つかって必死に逃げたりしていた馬鹿な僕らは、あれからたったの10年でこんなにも毎日を仕事に奪われる事になっているとは、思っていなかった。
「ところで、あんた山田先生に思い入れあったんだっけ」
「特にないよ。担任だっただけ」
「じゃあなんで山田先生来るからって、同窓会行く気になったの?」
「俺たちも社会人になってからもう3年目になる訳じゃん。純粋に興味があったんだよね。12歳から15歳までの中途半端な時期の俺たちを知ってる大人からは、今の俺たちはどう映るのかなって」
「ふうん」
夏美が、まるで興味の無さそうな相槌を打つ。
「そうなんだ。まあ興味ないけど」
本当に興味がないらしい。
「そろそろ興味の無い事を他人に質問する事を法律で禁止した方が良いな」
「そんな事になったら、世の中から女子会が消滅する」
「誰も困らないだろ」
「困るんだよ、女子が」
「俺たちは困らないじゃん」
「私は困るけど」
「甘えるんじゃないよ」
「とにかく」
夏美が大きな声を上げた。
「一見必要なさそうなもの程、実は必要だったりするんだってば」
「それが女子会?」
「それが女子会。うん」
じゃあまた明日ね、と夏美が言う。「後でLINEで会場の住所送るから」「一緒に行こうよ」「なんで」「俺は方向音痴だ」「しょうがないな」電話が切れる。


翌日、待ち合わせ場所として提示された池袋東口、『いけふくろう』と呼ばれるフクロウ型のオブジェの前に到着した時、夏美はまだ来ていなかった。柱に寄りかかって通り過ぎる人々を眺めた。汗をダラダラと流して走るサラリーマン。着飾った妙齢の女性。ギターバックを背負った大学生風の男。矯正をあげる老女の集団。手を繋いで歩く若いカップル。その奥から、こちらに向かって駆けてくる女が見えた。白いシャツとタイトな黒のスカート。
「ごめん、待った?」
「ううん、今来たところ」
僕が答えると、夏美が満足そうに笑った。
「このやりとり、いっぺんしてみたかったんだよね」「わかる」「相手があんたってのは、不本意だけど」「わかる」
じゃあ行こうか、と東口の階段を上る。金曜夜の池袋は人でごった返している。誰も彼も正面を見ていないのに、器用に人を避けて目指す方向へ進んでいる。
「随分、髪が伸びたね」
「可愛いでしょ」
「いや、可愛くはない」
僕のふくらはぎに夏美の蹴りが入る。
「ところで、池袋にあるフクロウだからって、いけふくろうってネーミングはどうかと思う」
「そう?わかりやすくていいじゃん」
いつだって僕はわかりにくいものが好きで、夏美はわかりやすいものが好きだった。僕らの間を10年間取り持っていたのは、その決定的な溝で、その事実が生き残っている事に少しだけ安堵した。社会に出て変わってしまった友人を、僕は何人も見てきていたから。
僕は社会でどうにか生き残る為に、夏美は対人関係をより良くする為に培ってきた、相手に話を合わせるという概念としての協調性を、ここでは発揮しなくて良いのだ。
期限の切れたコンタクトレンズのせいで、池袋の淫靡なネオンが少しぼやけて見えた。


同窓会の会場は池袋東口から10分程離れ、少し簡素になった街並みの地下にひっそりと身を隠すように存在するパーティホールだった。重い扉を開けると、室内の音が勢い良く外に飛び出した。下品で陽気な笑い声とレゲエ。
入り口で待機していた化粧の濃い女が駆け寄る。
「夏美から聞いて来るのは知ってたけど、本当に来てくれたんだー!ありがとう!久しぶり!」
化粧の濃い女が僕の前で手を振る。そのネイルは過剰すぎるんじゃないか。
「久しぶり、えーと」
口ごもった僕の背後で夏美が小声で「藤崎」と呟いた。
「藤崎さん」
「絶対今、私の名前一瞬思い出せなかったでしょ」
「そんなことないよ」
実際、そんなことはなかった。夏美が教えてくれなかったら、一瞬どころか同窓会の時間中ずっと思い出せなかっただろうから。
「夏美も久しぶり〜」
「久しぶり!」
夏美と藤崎の挨拶が終わるのを待って、僕は会費の4000円を支払った。「じゃ、また後でね〜」と藤崎が言う。声までケバケバしかった。
「藤崎さんって、あんなんだったっけ」
席に向かう道すがら確認する。中学生の頃の藤崎は、どちらかと言うと地味な女の子だったように思う。
「女は化粧でいくらでも変わるから」
「お前はあんまり化粧しないよね」
「私は美人だから、大丈夫」
「嫌な女だね」
「良い女だよ」
「酔うのは酒飲んでからにしてくれ」

席につき、さっぱり名前も顔も思い出せない男女と当たり障りのない会話をする内に、何人かの同級生が会場に到着し、やがて山田が入店した。山田は歓声をもって迎え入れられて、少し照れているように見えた。山田は当時そんなに人気のある教師ではなかった気がするが、大人になると色々と関係性は変わるのだろう。当たり前だが、山田は記憶にある姿よりも随分老けていた。今は50代くらいだろう。エロゴリラと呼ばれ女子に蔑まされていた山田が、今は若い女に囲まれている。
藤崎が乾杯の音頭をとり、途端にパーティホールが更に騒がしくなる。若者のパワーは騒がしさの限界を簡単に越える。当時の教師が来るという事もあっていつもより参加人数の多い同窓会となったようだ。山田と話してみたかったが、周りには人が多すぎて無理そうだった。僕にもう少し積極性があれば集団を突っ切って話しかける事は出来ただろうが、あいにくそんな積極性はない。奇跡的に山田までの人集りが二つに分かれたりしないかな、と祈ってみたが、残念ながら僕はモーゼではない。海どころか、人波も割れない。
何人かの「お、久しぶりじゃん」を交わしつつ、隅に追いやられた喫煙所代わりの灰皿置き場に辿り着いた。夏美も当時の友人達に囲まれていて、僕の居場所はここしかなかった。楽しそうに喋る夏美を見ながら、どこででも居場所を作れるのは凄いな、と感じる。幸い喫煙者は少なかったから、隅に追いやられた喫煙所の更に隅で1人ビールを飲んだ。

「えーと、久しぶり、覚えてる…?」
控えめに声をかけてきた小柄な女性を、僕は良く覚えていた。少し色黒で、クリッとした大きな目。淡いブルーの花が点々と描かれた濃紺のワンピースが良く似合っていた。
「沙良」
「よかった、覚えてた」
元恋人のクシャクシャな笑顔は、あの頃のままだった。
小泉沙良は僕の人生で初めての彼女で、二度ほど手を繋いだだけで、一ヶ月程度で別れた。別れた理由は今でもよくわからない。多分あの頃の僕らはお互いにまだ子供で、手を繋いだだけで耳まで真っ赤になってしまっていたから、気づいたら連絡も取らないようになって自然消滅した。一冬の曖昧な恋人が、10年の時を超えて僕の前に立っていた。
「ね、身長伸びたんだね」
「うん、今でも小さいけど」
当時150センチしかなかった僕の身長は、今は170センチになっていた。
「あの頃に比べたら、随分高いよ。私、中学生の時と身長変わってないんだけど」
彼女が自分の頭を手で押さえる。
「前は同じ目線だったのに、今は見上げちゃうもんね」
「うん、でも、沙良は綺麗になったね」
「そんな事、さらっと言えちゃうようになったんだねー」
「冗談だよ」
僕は急に恥ずかしくなって、ビールを一息に飲んだ。
「ビール持ってくるから、ちょっと待っててよ」
「私のこれ、一緒に飲んで良いよ」
彼女が手に持っているのはオレンジ色のカクテルだった。
「ごめん、俺甘いの苦手なんだ。すぐ戻るよ」
いってらっしゃい、と沙良が腰の辺りで小さく手を振る。

ビールを持って戻ると、沙良が柱に寄りかかっていた。
お待たせ、と声をかける。沙良はそっと首を振った。
乾杯を求めるように掲げられたグラスに気づいてグラスを近づけると、沙良が勢い良くグラスをぶつけ、なみなみ注がれたビールが僕の服にかかった。
「そういうとこ、変わらないね」
「変わらないねって言って欲しくて、つい」
沙良が悪戯を見つかった猫のような顔で笑う。
僕と沙良はパーティホールの隅で、中学校を卒業してからの9年間を話した。話が最近のことに移行するまでに、僕は5杯のビールと9本の煙草を吸った。
「煙草、もう無いね」
沙良が僕の煙草の箱を覗き込んで言う。
「ちょっと吸いすぎたね」
「買いに行く?出入り自由だと思うよ。道わかんないなら付き合うし」
「そう、じゃあ行こうかな。一応藤崎さんに声だけかけるよ」
僕はビールを飲み干し、沙良もそれに倣った。
辺りを見渡すも、藤崎の姿は無かった。きっとトイレか、それともどこかで人に囲まれているんだろう。人も多く、広さもあるこの会場で一人の人間を探すのは困難だった。
藤崎を探す途中に見つけた夏美に声をかけ、僕と沙良は会場を抜け出した。
少しだけ、雨が降っていた。
「これくらいの雨なら傘要らないよね」
沙良が先制するように言って、屋根の外に出る。「ほら、全然平気」
「服が濡れるよ」
「濡れたって乾くよ」
「そりゃそうだけど」
「早く行こ」
少し先に見えるネオン街へ軽やかに歩いていく沙良を追って、僕も雨に濡れた。


「ね、夏美と付き合ってるの?」
コンビニ前の筒型灰皿の前で沙良が唐突に言う。この時間帯の池袋のコンビニには生活感がなく、きっと何かが悲しくて酔い潰れた若者が、歩道の端に転がっていた。
「付き合ってないけど、なんで?」
火のついたばかりの煙草が、死ぬ直前の蝉のような音をあげた。
「さっきも夏美に声かけてから出てったし、そもそも一緒にきてたし」
「藤崎さんが見つからなかったから、たまたまいた夏美に声をかけた。一緒にきたのは俺が方向音痴だから」
「でも他の人でも良かった訳じゃない?」
「中学時代から今でも付き合いがあるのが夏美だけだったから一緒に来たんだよ。いざ同窓会きてみれば、みんな変わってて誰が誰だかわからないし」
ふーん、と沙良が納得のいっていない様子で口を尖らせる。
「でも、中学の時からずっと仲良かったでしょ。今でも、同窓会に一緒にくるくらいには」
「あのね」
自分が少しイラついている事がわかる。
「中学の頃からずっと言われてたんだよ、そういうの。知ってるとは思うけどさ。でも付き合ってないし、付き合った事もない。そうしたいと思った事もない」
あ、いたいた!と遠くから声がし、若者が数人走り寄り、歩道の端で酔い潰れた若者を回収していく。僕はため息を誤魔化すために、煙草を吸い、思い切り吐き出した。
「男と女が恋愛感情なく、ただ仲良いっていうのがそんなに不思議?」
「私は不思議」
沙良がきっぱりと言う。何かを言い切れるのは強いな、と思う。
「中学生ならまだわからないけど、私たちって、もう20代中盤だよ。この歳の男女が、下心無しで仲良くできるものじゃないと思う」
「俺はそう思わない」
「私は思う。そりゃ相手がブサイクとかならわからなくもないよ。でも、少なくともお互いに人並みかそれ以上の容姿だったら、多かれ少なかれ、下心なんてあるでしょ」
「人によるでしょ、それは」
煙草を揉み消す。
「友達として確立されてたら、恋愛感情なんて抱かないよ」
「そうやって言う人がたくさんいるのは知ってる。実際そういう瞬間があるのもわかるよ。でも、人って変わるじゃん。ずっと友達と思ってた人が、ふとした瞬間にどうしようもなく異性になる事ってあるでしょう?」
少なくとも、と沙良が小さく言う。
「中学生の時、君を好きになった時の私はそうだった。君も私を好きになったなら、そういう事なんじゃないの?直前まで、私たちは友達だったでしょ」
「多分俺は、友達のハードルが人より高いから」
当時、僕は沙良の事をよく話す他人程度にしか思っていなかった事を、できるだけオブラートに包んで告げる。彼女は僕の友達ではなかった。
「私は今日、君が会場に入ってきた時、ドキドキした。まさか来るとは思ってなかったし。でもそのすぐ後ろから夏美が入ってきて、やっぱり付き合ってるんだって思って、凄く悲しくなった」
「何度でも言うけど」
「わかってる。いや、夏美と付き合ってない事はわかった。私たちって曖昧なまま、なんとなく終わったでしょ。あれからもう10年経つんだけど、私は今でも、うーん、多分今になって会えたから、私は君の事が」
「待った」
その先は聞きたくなかった。僕がもう少し酔っていたら、頭を抱えて叫び出していたかもしれない。沙良の不意打ちな異性を目撃して、まっすぐ立つのも辛くなっていた。コンビニの窓ガラスに寄りかかり、ゆっくり目を閉じてまた開けると、沙良の顔がすぐそこまで近づいていた。
「待ってってば」
沙良の両肩を掴み、遠ざける。
「俺を困らせたいの?」
「困らせたい訳じゃないけど、私のせいで困ってほしい」
「よくもまあそんな」
ドラマチックなセリフが吐けるね、という言葉はどうにか飲み込んだ。僕らが生きているのはドラマや映画の中ではなくて、毎日のルーティーンなのだ。代わり映えのしない毎日を破壊する為に異性を利用して、なにかの受け売りのようなセリフを酒の力を借りて真顔で言うのは、僕にはとても軽薄に映った。
「このまま、会場に戻らないで何処かに行こうよ」
「俺は、これから沙良と仲良く友達としてやっていけたら良いなって思ってたのに」
「無理だよ。だって私にとって君は男だもの」
僕にとって、沙良は女なのだろうか。もうなにもわからなかった。ハッキリしているのは、同窓会に参加した事への後悔と、そういえば今月分の公共料金の支払いを済ませていない事だけだった。
「綺麗な思い出のままなら良かったのにって思う?」
「今がどんなに最悪でも、思い出になってしまえば全部綺麗だよ」
でも、と再度近づきかけた沙良を手で制す。
「将来綺麗になる事に委ねて今の最悪さに甘んじる事は出来ない」
「意味わかんない」
「とにかく、ごめん。気分が悪いから帰るよ」
「馬鹿じゃないの」
「うん、俺馬鹿なんだ。知ってたでしょ」
僕は燻んだネオンに吸い込まれるように歩き出す。足音が聞こえない事で、沙良が追ってきていない事はわかった。足音を隠すには今夜の雨は頼りなさすぎて、その事実に少しだけ安心した。


胸ポケットにしまったスマートフォンの震えで目が覚めた。夏美からの電話だった。
着信状態にすると、夏美の「どこにいんだよ飲んだくれ」という暴言が飛び出した。
自分がどこにいるのかわからず、辺りを見渡す。すぐに見当がついた。
「東口の、民度0の公園」
「ああ、コンビニ2つに挟まれてるところ?」
「よくわかったな」
「その公園は本当に民度が0だからわかる」
電話の向こうで夏美がケラケラ笑った。
「そっち行くから待ってなよ」
「来んの?」
「今何時かわかってる?」
「さあ」
「1時だよ。もう終電ないの。このままあんたが公園で眠ってオヤジ狩りの対象になって殺されたのをニュースで知るのも寝覚めが悪い」
「俺まだ24なんだけど」
「良いから待ってなよ」
電話が切れる。広めの喫煙スペースがあるにも関わらずあちこちで煙草の火が灯り、花火を振り回している若者もいる。遠くで救急車とパトカーのサイレン。確かにここで寝たら死ぬかもな、と少し思う。


「ほら」
目の前にコンビニ袋が差し出される。夏美だった。
「なにこれ」
「131円のコンタクト液と赤ラークとサッポロ黒ラベル
どうせ必要でしょ、と夏美が笑う。「吐きそうになったらコンビニ袋も使えるしね」
「ありがとう。なんでコンタクト液だけ値段言うんだよ」
「金は返せよ。煙草とビールはいつも買ってるから値段わかるかなと思って」
「うん」
「どうせ沙良となんかあったんでしょ」
夏美が隣に腰を下ろす。
「なんでわかった?」
「そりゃ、あの子恋愛脳だしね。その上泣きながら会場戻ってきたから、わかるよ」
「ああ、そう」
やっぱりあの後泣いたのか。罪悪感が込み上げてくる。
「ぶっちゃけ、あんたが煙草買いに行くって言って、一緒に沙良がいた時にこうなるんだろうなって思ってた。もうちょっとあんたは女を女として見た方が良いんじゃない」
「今回の事で、そう思ったよ」
サッポロ黒ラベルプルトップを開けると、思い切り泡が噴き出した。夏美がケラケラ笑う。
「たくさん振っておいた」
「性悪女め」
「せっかく買ってきた恩人にそんな事言う?」
「それとこれとは話が別だろ」
ビールまみれの手をシャツで拭く。洗えば取れる汚れなら、今はどうでも良かった。
「お前はこんな時間までなにしてたの?」
「二次会。途中で抜けてきたけど」
「悪い事したね」
「いいよ別に。煩いし」
「じゃ、お礼は言わない」
「お礼は言えよ」
夏美が立ち上がってこっちに向き直る。
「終電ないから、朝までカラオケ付き合ってよ」
「良いよ」
僕も立ち上がる。
「あんたが一曲目に何を入れるつもりでいるか、当てようか」
「どうぞ」
「大正解」
並んで歩き出す。泣いてしまいそうだった。


『131円のコンタクト液と赤ラークとサッポロ黒ラベル